バイオリニストとしてだけではなく、饒舌なトークでバラエティ番組でも大活躍の高嶋ちさ子さん。
そんな高嶋ちさ子さんを育てた父親は音楽プロデューサーで、ビートルズを日本で有名にさせた偉人としても知られています。
今回の記事では高嶋ちさ子さんの父親にスポットを当てて紹介していきたいと思います。
目次
【高嶋ちさ子の父親】出身や学歴は?
生年月日 : 1934年
年齢 : 最
出身 : 兵庫県神戸市
日本の音楽ディレクター・プロデューサー。高嶋音楽事務所代表。「ビートルズの日本での仕掛人」として有名。
高嶋ちさ子さんの父親の名前は、高嶋弘之さん。
1934年に兵庫県神戸市東灘区御影町の出身です。
高嶋ちさ子さんの曾祖父は大地主で不動産収入があったそうで、祖父は琵琶師匠を自称し、生涯定職につかず有閑階級の家庭だったようです。
先祖には、北海道の郷土料理である「三平汁」の開発者とされる松前藩の斉藤三平など華麗な一族としても知られています。
高嶋ちさ子さんの父親の実家は恐らく大豪邸だったかと思われますが、1995年の阪神・淡路大震災により全壊してしまったようです。
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高嶋ちさ子さんの父親は、姉妹兄のいる4人兄弟の次男として生まれ、長男は俳優の高島忠夫さんです。
高嶋ちさ子さんの父親は、兵庫県立神戸高等学校を卒業し、早稲田大学文学部卒業しています。とても優秀な方なのですね。
【高嶋ちさ子の父親】職業は音楽プロデューサー&ビートルズの仕掛人だった!
高嶋ちさ子さんの父・弘之さんは、早稲田大学文学部を卒業。
その後、東京芝浦電気株式会社レコード事業部(現・EMIミュージック・ジャパン)へと入社し、レコード事業部へと配属されています。
そして25歳という若さでディレクターへと抜擢。
高嶋ちさ子さんが音楽の道に進んだのは、父親の影響だったようですね(^^)
ビートルズの初代ディレクター
高嶋ちさ子さんの父親の高島弘行さんは、東芝EMI時代にあのビートルズを日本へと紹介した「ビートルズの仕掛人」としても知られています。
1960年代〜1970年にかけて活動したイギリス・リヴァプール出身のロックバンド。20世紀を代表する音楽グループである。音楽誌『ローリング・ストーン』による「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第1位にランクしている。
その当時は日本ではビートルズは全くの無名だったビートルズ。
そんなビートルズを高嶋ちさ子さんの父親は「絶対に売れる」と確信し情報操作をしていたのだとか。
- 全国のラジオ局への営業
- 販促活動
- 部下をマッシュルームカットにさせる
- 「早くも彼らの髪型をマネし始めた青年が現れた」と”ヤラセ”を週刊誌で記事にしてもらう
- レコード鑑賞するイベントを開催し、サクラとして女子高生に曲中で「悲鳴を上げてくれ」と指示→本番では、全員が悲鳴を上げだした
- 週間ヒット速報を作り、ビートルズの売上枚数ゼロ一個足すぐらい上増しして報告
などなど、日本で有名にしようと精力的に従事したそうです(^^)
ビートルズの
- 『抱きしめたい』
- 『涙の乗車券』
を初めとする、初期の楽曲の邦題のほとんどを高嶋ちさ子さんの父親が名付けたそうです。
そしてその努力が実り、徐々に日本でビートルズが知られるようになっていったのです。
この出来事を気に、高嶋ちさ子さんの父親も一躍その名を知られるようになりました。
その後、高嶋ちさ子さんの父親は、邦楽担当となりザ・フォーク・クルセダーズや黛ジュン、由紀さおり、ジローズなどのディレクターを手がけています。
退職後 : 「高島音楽事務所」設立
高嶋ちさ子さんの父・弘之さんは、1969年に退職。
その後、1970年にはキャニオンレコード(現在はポニーキャニオン)の取締役制作部長へと就任。
1976年にはポリグラムグループへと移籍し、ポリドール・レコードの常務を務められています。
そして1991年には独立し、自身の事務所である「高嶋音楽事務所」を設立。
85歳となった現在も現役で代表を務められ、今も音楽プロデューサーとして活躍されています。
まさに輝かしい経歴の持ち主です。
高嶋ちさ子&父親とのエピソード
そんな偉人ともいえる高島ちさ子さんの父親・弘之さん。
高嶋ちさ子さんとは、とても仲良し親子なのですが、高嶋ちさ子さんとのエピソードについても少し紹介したいと思います。
①高島ちさ子さんを”毒舌”だと思わない
「毒舌キャラ」としても有名な高島ちさ子さん。
しかし、父親からすると全く毒舌だとは思わないそうです。
よくみなさんから、ちさ子のことを「毒舌だ」と言われますけど、僕は毒舌だと全然思わない。普通のこと、本当のことを言っているだけ。世間並みの常識は必要だけど、言うべきことは言ったらいい。
引用:ENCOUNT
また、好き勝手話をしているように見えて高嶋ちさ子さん裏ではネタを考えていることを父親が明かしています。
ちさ子は好き放題しゃべっているように見えて、実はそうじゃないんですよ。事前にネタを考えている。よく家内に相談していたから。家内は「それいいんじゃない」「それは面白くない」って答えていました。陰ですっごく努力しているんですよ
陰ながら努力するちさ子のさんを応援している父親の愛情が感じられます。
②「せっかちモンスター」
父親の弘之さんさんは、高嶋ちさ子さんに「せっかちモンスター」といわれるほどせっかちな性格だそうです。
高嶋ちさ子さんと一緒にテレビ番組に出演した時には、
- 「せっかちすぎて箸を折ってしまう」、「つまらない話をする人の話を最後まで聞けない」
- 「ラインで既読がついてから5秒以内に変身しないと電話をかける」
などのエピソードが語られていました。
『1周回って知らない話』で高嶋ちさ子さん家族の密着取材の際には、高嶋ちさ子さんが料理を作っている間に食べてしまうシーンも。
高嶋ちさ子さんも、ご自身をせっかちだと思われているそうですが、父親譲りなのかもしれませんね(^^)