エンタメ

【田村有樹子】経歴&生い立ちが波乱万丈!いじめられっ子から凄腕マネージャーになるまで

スポンサーリンク

キングコングの西野亮廣さんの凄腕マネージャーとして知られる田村有樹子さん。

キンコンの西野さんは、芸人以外にも様々なビジネスに挑戦されていますが、成功の裏には、田村有樹子さんの存在が欠かせないそうです。

事実、田村さんはこれまでの経験でどんな悪点も好点に変えてしまう達人で、独特な発想からビジネスでも成功を収めてきた凄腕の女性。

今回の記事では、

  • 凄腕マネージャーとして知られる田村有樹子さんの経歴&生い立ち
  • キングコング西野さんとの関係

についてまとめていきたいと思います。

スポンサーリンク

田村有樹子はキングコング西野の凄腕マネージャー!

キンコン西野亮廣さんの敏腕マネージャーとして知られる田村有樹子さん。

田村有樹子
  • 氏名:田村有樹子(たむら ゆきこ)
  • 生年月日:1980年7月24日
  • 年齢:40歳(2021年時点)
  • 出身地:京都府京都市
  • 学歴:同志社大学卒業

田村有樹子さんは、現在キングコング西野さんの¨凄腕マネージャー¨として活躍されています。

その他にも、オンラインサロン「田村Pのここだけの話」(通称タムココサロン)を手掛けている田村さん。

開設して1年足らずで会員数2200人を突破するなど人気っぷりです。

【出典:田村Pのココだけの話

【オンラインサロン「田村Pのここだけの話」の魅力】

  • 「田村Pのココだけの話」では、Q&A形式でサロンメンバーの悩み相談にトコトン付き合ってくれる
  • 他では聞けないココだけの話が聞ける
  • プロジェクトに巻き込まれたりする
  • 田村さんの仕事現場や、勉強会や、交流会に参加できる

芸能人のように表舞台で活躍している訳ではない田村さんのサロンには、不思議なことに田村さん慕って多くの人がサロンに集まって来ると言います。

田村さんが人を惹き付ける魅力を持つ人物となったのは、幼少期から現在までの波乱万丈な経験からのものです。

これまでの経歴を、生い立ちと共にまとめてみました。

最新|西野亮廣の年収は10億円!5つの収入源とは?貯金0円の理由がヤバい!キングコングの西野亮廣さんは、絵本作家やオンラインサロン本の出版など様々なビジネス活躍されていますよね。 現在では芸人というより¨...
スポンサーリンク

【田村有樹子】経歴&生い立ちが波乱万丈!いじめられっ子から凄腕マネージャーになるまで

田村有樹子さんの経歴はこれまで様々なジャンルに及びます。

簡単にまとめると、

  1. テレビ局AD
  2. 取締役社長
  3. 音楽番組のプロデューサー
  4. スナックのママ
  5. 西野の個人スタッフ

というように異例の経歴をお持ちのようです。

絵本作品やイベントなどで話題を集める西野亮廣さんの活動を陰で支えている田村有樹子さんとは、どんな経歴の人物なのでしょうか?

田村有樹子さんの幼少期の生い立ち~現在に至るまでの経歴をまとめていきたいと思います。

イジメを受けた幼少期

田村有樹子さんは、1980年京都市内に2人姉弟の長女として誕生。

食事中にテレビは禁止、バラエティ番組も観てはいけないという厳格な家庭で育てられました。

幼少期の頃から、明るく元気で活発な子どもだったという田村さん。

しかし、小学校5年生のとき、塾でリーダー格の女子生徒の成績を抜いてしまったことが原因で、学校でイジメを受けるようになりました。

「クラスのみんなは、自分が標的になりたくないから誰も止めてくれなかったんです。『家を放火するぞ』って脅されてたから、親にも言えなくって」

引用:note

田村さんは、いじめのストレスから食事も喉を通らなくなり、心身的なことが原因で起こると言われているチック症にもなってしまったと言います。

【チックとは?】

チックは幼児期から小学生の年齢の子供に多く、

  • まばたきをする
  • 首をかしげる
  • 肩を上げる
  • 顔をしかめる

などの動作をすること。いわゆる「クセ」の一つとも考えられますが、どの場合も本人が意識して動かしているのではなく、子供の意志で止めることはできません。

田村さんのいじめを見かねた友達が、田村さんの両親に報告したことで父親から「明日から登校させません。」と学校に連絡を入れたそうです。

しかし、負けず嫌いの田村さんは、自分の環境を変えようと

朝から塾へ通い勉強漬の日々を過ごします。

そして、奈良市内の私立中学へと進学することになりました。

この時の心境については以下のように語っています。

「イジメは無くなったんですけど、小学校のとき、人気者から一人ぼっちになったので、もう人間不信ですよね。また嫌われないために、誰に対しても八方美人でいるようにしました。結果的に友だちは増えたんだけど、自分を演じてるから全然楽しくなかったんです」

引用:note

高校時代

奈良県の高校に進学した田村有樹子さん。

勉強はやる気がなかったものの、テニスに打ち込み奈良県で3位になるほどの実力を持っていました。

そのときは『テニスがあれば良い』って心境でしたね。勉強は全然やる気がなくて、気づいたら学年で下から3番目ぐらいの落ちこぼれになってて。

引用:note

しかし、当初は部員の中で一番自分が下手くそだった田村さん。

みんなに内緒で放課後にテニススクールへ通って練習

し、腕前を挙げていきました。

今度は試合に勝つためにジュニア選手コースを作るため、スクールのコーチと「4人集めてきたらつくる」という約束をした田村さん。

この約束は、いわばコーチからすると無理難題を出し諦めさせる言葉だったと言いますが、田村さんは負けませんでした。

部活の部員には、内緒にスクールに通っていたため他校の生徒を試合会場で口説き落とし、4人を集めてしまったと言います。

このころから、田村さんのコミュニケーションの能力はとても高かったことが伺えますね(^^)

田村さんはこの経験を活かし、

「自分が頑張っていれば人は集まってくれる」

と気づいたと語っています。

「自分が頑張っていれば、そこに人は集まってくれるんだってことを体験できて、それがいまの私の原点になってますね」

引用:note

同志社大学時代

田村有樹子さんは中学卒業後に一浪の末、念願だった同志社大学へ進学されています。

大学卒業後の進路を考えた田村さんは、小学校時代に「ブス」といじめられた経験から、

¨ビジュアルでは結婚できない¨→¨とにかく仕事ができる人になろう¨

ということを悟ったといいます。

「小学校のときに『ブスだ』とイジメられたトラウマがあって、自分のビジュアルが好きじゃなくって、小学生で『自分は可愛くないんだ』ということを悟ったんです。だから、『このビジュアルじゃあ、きっと結婚はできない』と大学のときに感じて、とにかく仕事ができる人になろうと。結果さえ出せば人は寄ってきてくれるし、仕事は顔じゃないなと思ったんですよ。

引用:note

そして、同志社大学を卒業後は、テレビ業界へと進むことになります。

田村さんは、2004年4月~2005年8月まで「オフィス・トゥー・ワン」という会社に勤務しています。

オフィス・トゥー・ワン

主にテレビ番組の制作およびタレント・フリーアナウンサーのマネジメントを行っている日本の企業

テレビ東京系列で2004年4月からゴールデンタイムに放送されていた『所さん&おすぎの偉大なるトホホ人物伝』のADを担当されていました。

しかし、週150時間働いても、「働き足りない!」と不満があったことを機に、その後仲間と共に映像制作会社を立ち上げプロデューサーと名乗り出すようになります。

田村さんの決断力は凄いですね(^^)

取締役社長時代

田村有樹子さんは、24歳で代表取締役として数々の企画を手掛けていました。

キングコング西野亮廣さんとはこの時期に、「ガリゲル」というバラエティ番組を通じて西出会いました。

仕事は順調だったものの、35歳の時にストレスが溜まり人生を見直そうと思い会社を辞める選択をされています。

スナックのママ

次に、田村さんは六本木のバーで雇われママとして働き始めます。

この理由は、周囲の人から「田村さんはスナックのママに向いている」という言葉を思い出したことがきっかけだと語っています。

「人から何かに向いているって言われることなんて、いままで生きててなかったから」と、六本木のバーで雇われママとして働き始めた。

引用:note

この選択で得たものは多く、

  • お金の正体
  • 助成に対する苦手意識の克服

など今後の人生の糧となる経験だったといいます。

そんな田村有樹子さんは、スナックのママを飛び出して様々な活動を行い始めます。

西野の個人スタッフ

田村有樹子さんのエピソードとして有名なのが「リベンジ成人式」です。

全国各地で成人式が行われた2018年1月8日に「はれのひ株式会社」が突然閉鎖して、成人式に振袖を着られない成人が続出することが分かると、西野亮廣さんに相談し、同年2月4日に新成人数百名を対象にヘアメイクや着付け、振袖を提供し、そのうえ船上ディナーまでプレゼントするという豪華な「リベンジ成人式」を企画開催した。

引用:note

当時、「はれのひ事件」では、成人式当日に振り袖を着られない成人が続出しました。

田村有樹子さんは、西野亮廣さんと協力して「リベンジ成人式」を行うこととなります。

それを機に、2018年7月にスナックのママを退職。

西野亮廣さんのマネージャーとなり現在は¨凄腕マネージャー¨として、二人三脚で頑張っているそうです。

田村さんは、

  • 豪雨災害の支援にも出向く
  • コロナ禍で誰もが困り果てていたときには、SNSで人や店の宣伝をし続ける

など起業家のような活動も続けています。

このように、幼少期から自分の直感を信じ、常に前向きに行動し続けてきた田村さん。

等身大の田村さんの姿に魅了される方は多いようですね。

「災い転じて福と化す」ということわざがありますが、まさに田村有樹子さんを現した言葉ですね(^^)